ニキとヨーコ~下町の女将からニキ・ド・サンファルのコレクターへ~ 第9章

黒岩有希著『ニキとヨーコ 下町の女将からニキ・ド・サンファルのコレクターへ』(NHK出版刊)より、各章の冒頭部分をご紹介します

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第9章 さまざまな問題

 

ヨーコは悩んでいた。「美術館のイメージづくりに」とニキに頼まれて、日本の伝統的建築の写真が載った本を送ったところ、美術館の屋根を京都の古い寺院のような形にするという提案が届いた。このアイデアがヨーコの悩みのタネだった。

ヨーコにとって日本の古い伝統的建築とは、その様式美に心打たれる一方で、古い日本の権威主義、ひいては、そのもとで幼い頃に体験した戦争を思い出してしまうものだった。戦争の苦しみと怒りがあったからこそ、戦後には全く新しい自由な価値観を求めてきたのだ。

ヨーコは苦しい胸の内を手紙にしたためた。

 

ニキ、あなたは日本の伝統建築の要素を美術館に取り入れると言ってくれた。私が日本人であることを尊重するがゆえだということはわかっています。

でも親愛なるニキ、日本の歴史をさかのぼると、多くの伝統的な建築物が権威の象徴として建てられています。私にとってそれは単なる建物でなく、精神的なものを思い起こしてしまうの。前にも言ったけど、あなたの作品は私の中にある伝統的日本社会の抑圧を振り払ってくれたのよ。私は、いかなる伝統にも縛られない、あなたのオリジナリティを尊重します。

 

早速、ニキから返信があった。手、花、蛇などが描かれた、色鮮やかな絵手紙だった。

 

すてきなお手紙ありがとう。あなたの夢見る場所を提供できることは本当にうれしい。悪夢ではなく、美しい夢だけを。今、美術館(日本のお寺にインスパイアされたのではないものよ)のそばに高さ二〇メートルの巨大彫刻《恋する鳥》をつくることを考えているわ。摸型ができたらお知らせするわね。

(続く)