ニキとヨーコ~下町の女将からニキ・ド・サンファルのコレクターへ~ 第1章

黒岩有希著 『ニキとヨーコ 下町の女将からニキ・ド・サンファルのコレクターへ』(NHK出版刊) より、冒頭部分をご紹介します。

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第1章 下町生まれの向こう見ず

 

まっ黒なおかっぱ頭にきりりと太い眉が印象的な女の子。小柄ながら男の子のように勇ましく上野の山を歩いていた。後に続くのは二人の妹たち。上野広小路のすぐそばにある日本料理屋「花家」の三姉妹である。長女が静江。そして次女の千江子、三女の美好。

向こうからガキ大将と思われる体格のいい男の子が、ぞろぞろと子分を引き連れて歩いてきた。

「あの子たち、この間通り向こうのケンちゃんをいじめていた子たちよ」

美好がささやいた。

「見ろよ、あいつら気取ってら」

男の子たちがはやし立てる。三姉妹は、当時としてはハイカラな揃いの水色のセーラーカラーのワンピースを着て、リボンがついた麦わらの帽子をかぶっていた。その格好が気に入らなかったのか、さんざん冷やかされた。すれ違いざま、静江はガキ大将に「バカなことを言うのはおやめなさい」と大きな声でたしなめた。

「なに? 生意気なやつだな!」とガキ大将が言った。

「だったら何よ!」と静江も負けていない。子分たちが飛びかかろうと構えている。妹たちは怖くなって「お姉さん、もう行こうよ」と静江の袖を引っ張った。

「一対一で決闘よ、後でこの場所に来てちょうだい」と静江が言った。

「お姉さん、大丈夫なの?」と妹たちが心配そうに聞くが、「大丈夫、大丈夫」と笑い飛ばした。

夕方になり、家に帰った妹たちは本を読んだりして、すっかり決闘のことを忘れてしまっている。静江はこっそり家を抜け出し、上野の山に登った。西郷さんの像がこちらを見ている。その姿を見て静江は「よしっ」と勇気を奮い起こした。

既に、ガキ大将は来ていた。右手には木の棒が握られている。静江はかっとなった。

「男のくせに卑怯じゃない。それなら私はこうよ!」

やにわに道に落ちていた石を拾うと、ガキ大将目がけて投げつけた。石は勢いよくガキ大将の右目の上を直撃、あっさり勝負はついた。男の子は出血して大泣きしている。はっとして静江は事の重大さに気がついた。

「あちゃー、またやってしまった……」

(続く)