ニキとヨーコ~下町の女将からニキ・ド・サンファルのコレクターへ~ 第4章

黒岩有希著 『ニキとヨーコ 下町の女将からニキ・ド・サンファルのコレクターへ』(NHK出版刊) より、冒頭部分をご紹介します。

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第4章 お前、つまらなくなったな

 

一九五五年八月、長男大輔が生まれた。元気のいい男の子で、荒江も大喜びだった。

だが、母親になった静江は戸惑っていた。駆け落ちして以来、主婦業をやってはきたものの、相変わらず料理、掃除などは苦手だった。そこへ育児が加わった。静江の母は、静江が九歳の頃に亡くなっている。日々成長していく子供をどのように育てていけばよいのか、静江には全くわからず、育児書を片手に見よう見まねだった。通二が育児に参加することはなかった。

 

そして、静江はあることに悩まされるようになる。自分が母親になったことで、それまで封印してきた母千代子のことが思い出されるようになったのだ。母と不仲だったつらい思い出ばかり。

静江はこの頃、母とのことを数多く書き残している。小説の形をとってはいるが、自分の体験を書いたものだ。内容は総じて暗い。幼い子供が台所の床下の狭い収納部屋に閉じ込められる話、母にられ傷ついた子供が街を徘徊する話など。静江は、子供時代の自分をつらい目に遭わせた母親の血を引いていることを強く意識していた。そのことを確かめ、自分自身を見極めるために、こうした文章を書いていたのだという。

(続く)