黒岩有希著 『ニキとヨーコ 下町の女将からニキ・ド・サンファルのコレクターへ』(NHK出版刊) より、冒頭部分をご紹介します。
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第6章 ニキは私だ
ビルが完成する少し前の、一九八〇年八月。
その頃静江はタロットカードを収集していた。ストレス解消も兼ねてタロット占いをすると、いつもよく当たるので不思議に思っていた。何より、その独特の図柄に惹かれていたのだった。
「喫茶店の壁にタロットカードを飾ったら面白いわね」
静江はふと思い立ち、洋書屋へカードを探しに出かけた。その隣にあったギャラリーが目に入ったので、何の気なしに立ち寄った。
そこで一枚の版画を見た。背景が黒く塗り潰されている。絵の中の女が、大きな目でこちらを見ている。デフォルメされた女性の体や蛇、唇やハート、手、太陽。どれも鮮やかな色彩で画面いっぱい
にちりばめられている。
静江はその版画に吸い寄せられた。周りの音が止まった。頭の上にUFOの光線が下りてきて囚われてしまった感じだ。「まるで、魂が吸い寄せられるような、強烈な体験。自分の中の何かが、パッと解放され、満たされていくような出会いだった」と後に静江は回想している。
どのくらいその版画の前でたたずんでいただろうか。静江は非常に強いインパクトを受けて、突っ張ったように硬直していた。
はっと我に返って、その版画のタイトルを見た。《恋人へのラブレター》と書かれていた。
「この版画はどなたの作品ですか?」
静江は上ずった声でギャラリーの女性に聞いた。
「ニキ・ド・サンファルというアーティストです」
静江はすぐさま言った。
「この方の作品を全部ください」
ただならぬ様子の静江に彼女は驚き、「立体作品もありますので、リストをおつくりします。まとまりましたら、ご連絡しますから」と答えた。
それからどのように家へ帰ったか、静江の記憶はまるでない。
(続く)