私達4人はタロットガーデンの入り口で大勢のスタッフたちに出迎えられた。
みなイタリア人だ。私は、2度目の訪問だったが、前はちょうどイースタ―の時期で、スタッフは誰もいなかった。
その時の無人のタロットガーデンは独特の静けさに包まれ、神秘的な想いに浸ったものである。
今回、まぶしい夏空の下、スタッフたちの会話や笑い声があふれ、庭園自体にエネルギーが満ち満ちている。この雰囲気もまたいいなあと思った。
今度は、事務所兼スタジオ兼ニキの住まいにも入れてもらうことが出来た。多くの造りかけの作品が無造作に置かれ完成を待っている。
ニキのベットルームの裏に回ると大きなクローゼットがあった。たくさんの洋服がおけるようになっている。私が物珍しげに見ているとヨーコさんが来て「この大きなクローゼットいいでしょう。実は桜台(東京)の私の寝室にあるクローゼットは、これを真似て作ってもらったのよ」と嬉しげに話す。
バスルームは鏡がモザイク状に貼られ、ところどころに庭で使ったタイルがアクセントに付いている。真っ赤なジャグジー形式のバスタブ。床はメッセージが描かれた青いタイルだ。
千江子さんが一つ一つ感心したり、面白いコメントを挟むので、私もNさんもクスクス笑ってしまう。
そんな風に家の中を見て回っていると、「ヨーコ」と英語が話せるスタッフの一人が呼びに来た。何かの準備ができたらしい。
連れられて行かれた広いスタジオには、大きな線形彫刻が並ぶ。1989年に亡くなったアシスタントのリカルドの墓に設置するための白い猫の彫刻もあった。
そんな雑然とした仕事場の一角に作業机があり、机の上には白い紙と筆が用意されていた。
「さあヨーコ、お願いします」とスタッフ。
うなづくヨーコさんは腕まくりをすると机の前に座る。
これこそが、ヨーコさんがニキから受けた特命だった。
ヨーコさんは早速筆を取ると、青い絵の具をたっぷりつけるやいなや「運命の輪」と日本語で一気に書いた。続けて「隠者」「戦車」タロットのモチーフを漢字でどんどん書いていく。勢いのある堂々とした文字だ。もともとヨーコさんは書にも長けた人だった。
ヨーコさんが一息ついたところで「ヨーコさん、それどうするんですか?」とNさんが聞く。ヨーコさんは「ニキに頼まれたのよ。タロットガーデンの道に書く漢字の見本よ」と答えた。
ニキはタロットガーデンの中で、いろいろな国の言語(文字)を残している。
世界中の人々がこのガーデンで憩えるようにと考えたのだ。
「漢字の見本はヨーコに書いてもらう」―-これはニキがヨーコさんと親しくなった時からの懸案事項だったのだ。
現在、一般公開されているタロットガーデンで一際目につく漢字の文字。
ヨーコさんの文字が基になった漢字が遠きイタリアの地で今も生きている。