ヨーコさんの事を調べると分からないことが多々でてくる。先回書いた「Sの人」しかり。
あー、もっと聞いておくべきだった・・と頭を悩ませる。
「ととやかなめ」―-これを目にした時、不思議なネーミングだなと感じた。
ヨーコさんが書いた「ベニ―・ザ・グットガール物語」という戯曲に添えられていたペンネームである。
少女時代には演劇部に所属していたヨーコさんだが、将来は作家になりたいという夢を持っていた。
彼女は多くの文章を残している。それは映画評論だったり、言葉遊びの文章だったり、物語だったりと様々。戯曲の形式はこの文章だけである。割りと晩年の1990年代に書かれたものだと思われる。
戯曲の内容は戦後の上野を舞台に、まるでヨーコさんの少女時代そのままを描いた感じの物語である。出てくる登場人物も料理屋の父、病気療養中の母、世話をしてくれているおばさん、いとこたちなど、共通点が多い。
主人公は紅子という女の子。ハルミという犬を飼っている。紅子の些細な日常を通して戦後の猥雑で混沌としたアメ横の様子、喧嘩売やバナナのたたき売りなど逞しく生きている人たち、それを見つめる下町の子供たちの様子、人情とユーモア、そして紅子の繊細な心の動きが生々と感じ取れる、とても面白い戯曲である。けれど、第七章までの文章しか残っていないのだ。つまり未完である。
ヨーコさんは、ある友人に、自分の育った上野には様々な人たち、女装した男性が「静江ちゃん、美味しいおかずがあるから食べていきなさいよ」と声をかけてくれたり、喧嘩売、今で言えば詐欺商法ではあるが知恵を絞って生きていく人々、社会の底辺にいながらも支え合う人たち、そういった反社会的な空気の中で育った――と語っている。だから反社会的なものにワクワクする自分がいる、と。
彼女が40代の頃多額の借金を背負わされそうになった時、男たち――社会に対して闘いを挑む――普通なら絶望的になるところだが、ヨーコさんはワクワク感でいっぱいだったと話している。
余談であるが、この裁判を経てヨーコさんは弁護士になるべく学校で学び直そうと考えた。
けれど、その時一緒に戦った弁護士さんに「お嬢さんほど法律が分かっていれば、今更学校行かなくてもいいのでは」とアドバイスされ「それもそうだ」と、断念したのだとか。
社会が大きな転換期を迎えている昨今。保身に回り臭い物に蓋をする事柄があまりにも多い。
少数派の人たちがおいてけぼりを食っている世の中。
そんな時、ヨーコさんは第八章以降、この戯曲の続きをどんなふうに展開させるつもりだったのだろうと考える。
彼女のことだから逞しい庶民の底力を読ませてくれたんじゃないだろうか。
そうそう、最後になってしまったが、ペンネームの「ととやかなめ」である。意味不明で私は気になって仕方がない。
これが何を意味しているのかだれかわかる方がおられたら是非ご一報ください。
また、機会があれば、この戯曲の全容も皆さんにお伝えしたいものである。