「私はね、今月の21日だと思うわ」とヨーコさん。その言葉に
「20日だと思います」と私はきっぱりと言った。
何の話かと思われるだろうが、実は私の初出産の日を予想するヨーコさんとのやり取りである。1995年9月の中頃のこと。出産予定日を過ぎてもなかなか生まれる気配がない。あと1週間ぐらい、といった話をヨーコさんとしていた時だった。
きっぱりと言い切った自分に根拠はまるでない。
なんだかそんな気がしたし、ヨーコさんがそう言うのならその前にと思いついただけのこと。
「そんなら、賭けましょう、負けたら100円ね」とヨーコさん。
「わかりました。100円ですね」と鼻息も荒く返事をした。ともかく、いつ生まれるかなどは自然の摂理。いつものヨーコさんの冗談だと思っていた。
不思議なことに9月20日の夕方に陣痛が始まった。痛みはだんだん大きくなる。
23時を過ぎて、忘れていたヨーコさんとの賭けをふと思い出した。
「あと少しで21日になっちゃうな、がんばろう」と自分にはっぱをかけた。
無事出産。日付は20日、時刻は23時54分。まさに20日ぎりぎりだった。
翌日だったか、ヨーコさんに知らせた第一声は「ヨーコさん、勝ちましたよ」。
時間を聞いてヨーコさんは大笑い。100円を払ってくれた。
おもしろいことにヨーコさんは、この一連の顛末を手紙でニキに書き送っている。後で知ったことだが、例のニキとヨーコの往復書簡にその一通がある。
その後、生まれた子供にヨーコさんがお祝いの歌を詠んでくれている。
「天空に月満ちしとき 生まれきし 汝(なれ)ぞ 正しき(まさしき) 月よりの使者」
1995年9月20日 仲秋に生を享けしを祝い 二樹洋子
私は出産で月を愛でるどころではなかったが、あの晩煌々と輝く月が出ていたのだろうか。
その月を眺めながらヨーコさんは、孫が無事に生まれることを切に願ってくれていたのだなと、今思う。